最近の記事

栗原類著『発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由』を読む(第2回)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

発達障がいをもった類が、日本で一人前のモデルや俳優になっていく過程には、母親の泉さんの献身的なサポートがありました。そして、実は泉さんにも発達障がいがあり、長い間苦しんできた歴史がありました。泉さんのコメントです。

<精神科医と児童心理学者から、私自身が典型的なADHD(注意欠陥多動性障害)であるとの意見が出て、その時は満場一致で「明らかに典型的なADHDだ」とのご意見をいただきました。>

この診断の前後にお会いしたのが、のちに10年以上にわたって類がお世話になる精神科医の高橋先生だったのです。高橋先生は類母子の生活全般をチェックして、公私にわたる指導をし続けたのです。泉さんのコメント。

<高橋先生にお世話になってから10年以上が経っていますが、その間にクラスの友達との関係から、成績の事、勉強の習慣のつけ方、受験、仕事と学校の両立など、様々な面でアドバイスを頂きました。>

泉さんの教育方針は、多くの日本のお母さんのそれとはかなり違っていて、「これがアメリカ式なのか」と思わせるものがたくさんあります。類の母親評です。

<僕が好きではない勉強も「いい成績を取れ」とは言われなかったし、塾に通った方がいいと言われることもありませんでした。他の子が部活を一生懸命やっているんだから、部活をやりなさいとも言われなかったし、ゲームやTVを観る時間も、他の家庭より許されている時間が長かったと思います。>

ただし、

<自分がやられたら嫌なことは他人にはしない。もう一歩進んで、自分がしてもらってうれしかったことは、誰かにしてあげられるようになりたいと努力をする。さらに一歩進んで、自分は嫌だと思わないけど、他の人はされたら嫌なのかもしれないという発想力を持つ>

ことは強く諭されていたようです。母親の泉さんはどうやら大人になってから発達障がいを発症したようですが、小さい頃はとても聡明だったようです。しかし、大人になって結婚し、類が生まれてから、ある教育関係者から次のように言われたことを告白しています。

<「あなたは小さいころ勉強もできて要領もよい、頭の回転も速くて、何でも他人より早くできる子、いわゆるできのいい子だといわれて育ってきたタイプでしょう。だけど発達障害というのは、ひとりひとりの特性が違います。あなたの息子さんはあなたと同じタイプでないのはわかりますね?あなたは自分が子どもの頃、何の苦労もなくできたことが、どうして息子さんにはできないんだろうと理解できないかもしれない。不思議でしょうがないでしょうね。だけどそう思った時は、子どもの頃に自分ができなかったことをたくさん思い浮かべてください。自分ができなかったことで息子さんができていることを、ひとつでも多く見つけてあげてください。そうすれば『なんでこんなことができないの?』という気持ちがしずまり、子どもを褒めてあげられるようになります」と言われ>

たのでした。こうしたアドバイスが身にしみた泉さんの教育方針は、日本の多くのお母さん方よりかなり柔軟で、良い意味で図太くなっていったような気がします。

<スポーツでも、勉強でも、仕事でもそうですが、ゲームやアニメじゃ何も得られないとは限らない。何も生みださないとは限らないわけです。>

<何かにハマリやすい、のめり込みやすい気質を持つ発達障害者こそ、広く浅くいろんなことに触れさせるようにしておいた方がいいのです。「ゲーム(アニメ)じゃなくて、もっと本を読んでよ」ではなく、「ゲーム(アニメ)もいいけど、本も読もうね、映画も見ようね。外にも遊びに行こうね」でいいのです。>

類の教育に一段落のついた泉さんの提言が最後の方に載っています。

<まず、一口に発達障害といってもいろいろな状態、ケースがあるので、類にとってよかったことが、発達障害の子みんなにあてはまるわけではないということです。多動のタイプの子、アスペルガータイプの子、体の使い方の不器用さが目立つ子、特定の分野に学習障害がある子など、発達障害にはいろいろなタイプがあります。それぞれで対処法は違います。だから、類のケースを鵜呑みにしないでほしいと思います。また、家庭環境もみんな違うので、それぞれのお家でできることを見つけていただきたいと思います。>

関連記事